はい。約一か月ぶりの更新になりますね。もう少し更新頻度を上げてほしいという旨のご要望もありがたいことに少しはいただいてたようなので(それもなぜか僕のほうには全く来ないのに僕の親の方に来ていたらしい。何故…)、頻度を上げたいのも山々ではあるのですが、いかんせんPCのスペックはよろしくない上にこの一か月はか~なり忙しく動き回ってたもので、更新を楽しみにしていただいていた皆様には申し訳ない限りです。。忙しかった分、この一か月は非常に充実しておりましたので、記事も二つに分けなな、、、と思いながら旅行してましたが、いざ写真を見返してみると分量的には三つに分けないとダメっぽいということが判明する始末。三つわけわけにしてゆっくり更新していきますし、また更新はしばらくないのでゆっくり読み進めていただければと思います。
といいますのもですね、前回お伝えした通り、チェコ以降ユーレイルパスというヨーロッパの鉄道乗り放題チケットを利用してヨーロッパじゅうをチョロチョロと動き回ってたんですね。まずは西欧を振り返る前に、ユーレイルのお約束事を簡単にご紹介します。
ユーレイルグローバルパス22日間(+期間限定3日間ボーナス)版
(お値段;送料込み約6万円也…)
・ヨーロッパ各国の国鉄や、代表する鉄道会社など、加盟会社の鉄道が乗り放題
・乗り放題といいながら、特定の優等列車(多くの高速列車や夜行列車、一部の急行など)では「予約」が必須であり、別途予約料を支払わなければならない。予約料は列車によって異なるが、寝台などの予約料は非常に高い。
・乗り放題といいながら、加盟していない多くの私鉄や地下鉄には乗れない。(ex.マッターホルンに行けない)
・乗り放題といいながら、グレートブリテン島(イングランド、スコットランド、ウェールズ)では一切使えない。
結論:鉄道に乗りまくりたい人以外、現在ではあまり使い勝手の良くないチケットである
ということで、多くのバックパッカーはバスで移動を最小限にしつつ回るのがヨーロッパの定番なのですが、やっぱりそこは鉄道に乗らないとしょうがないじゃないですか。仮にも鉄道ファンですし。ヨーロッパの鉄道には昔から漠然と憧れがありましたし。25日をかけて、西欧を横断します。
まず出発前夜。前回のブログを書いたあと、
チェコの黒ビール |
名物プラハハム |
ユーレイル初日。まずはプラハ発の寝台列車に乗ります。なぜなら一度は乗ってみたいヨーロッパの客車寝台の中で、この寝台列車の簡易寝台の予約料が最も安かったから。13ユーロ。座席なら3ユーロとかなんで今後は座席で移動しますけど、一度ぐらいはね。
夜まで時間があるのでどうしようかとなり、日中はオーストリアの世界遺産鉄道・ゼメリング鉄道に乗りに行くことに。せっかく乗り放題なんでね。まずはウィーンへ逆戻り。
ユーレイルの旅のはじまり |
途中、チェコ第二の都市ブルノを通過 |
ゼメリング鉄道は世界初の山岳鉄道、世界初のアルプス越えの鉄道なんですが、現在でも電化複線のバッキバキの幹線として活躍中です。
美しい車窓 |
世界の車窓からの世界 |
ミュルツツーシュラーク駅に到着 |
普通の乗り心地のいい特急列車です。あまり世界遺産鉄道感はないですね。ガンガン標高を上げていくさまは圧巻でしたが。車内でWi-Fiが使えてびっくりしました。もしかしてヨーロッパの特急は全部Wi-Fi飛んでるのかと期待しましたが、オーストリアとチェコだけでした。
帰りの電車まで、ミュルツツーシュラークの街を散歩。山あいののどかな町って感じです。
ブラームスの家だそうで |
雰囲気がよい。空気もおいしい |
に併設された客車改造カフェ。お洒落ー。 |
帰ります。立派な鉄道橋、車内からでは難しい。。。 |
のこのことプラハへ帰ってゆきます。意外と時間がかかる…
これが今夜の夜行列車。 |
今夜の寝床 |
6人掛け簡易寝台(クシェットと呼ばれる)。かなり狭い。上体を起こせない。。。まあ横になれるだけで尊いですけどね。
これでポーランド南部の観光都市・クラクフまで行くつもりで予約を取りましたが、なんとこの列車が早朝にアウシュビッツ強制収容所跡の最寄り、オシフィエンチム駅に停まるということが判明し、頑張って早起きしてアウシュビッツに寄ることに。
オシフィエンチム駅に到着 |
強制収容所での体験が記された「夜と霧」という本があったことを思い出しました。霧が深すぎて3両先が見えない。強烈。アウシュビッツまでは徒歩圏内ですが8時からしか開かないので駅舎で朝を待つことに。
朝を迎えた駅前 |
荷物を駅に預けられたので(有料)、大荷物を預けてアウシュビッツへ。この付近の地図をダウンロードし損ねていて一度迷いました。こんな霧深い街で迷うと怖いですよー…
|
使われていない線路 |
到着 |
ここまでの道のりからは考えられないほどの人。なおアウシュビッツは入場無料です。
有名な「働けば自由になる」のゲート |
まだ霧が深い |
これは使用済みの毒ガスの缶の展示 |
「死の壁」。銃殺が行われていた場所 |
思っていた以上に生々しく残っている |
もっとこう、巨大でしっかりした施設を想像してました。思ったよりつくりは簡単で、部屋以外の部分も劣悪な環境だったことがうかがえました。残し方、見せ方、かなり生々しい。端折ってますが他にも膨大な展示がありました。まあでもなんといっても市街地からこんなに近いとこだったのかと。今の市街地が当時どうだったかは知りませんが少なくとも旧市街地からもかなり近いですからね。そんなとこでこんなことやってたのかという衝撃。日本は同盟国だったわけですからね、もうちょっと当事者意識があってもいいんじゃないかなとは思いました。日本人観光客は少ないらしい。
午前中をあらかたアウシュビッツに使って、二時間ほどかけてクラクフへ移動。
旧市街 |
聖マリア聖堂 |
中欧市場 |
ヴァヴェル城 |
ほんでどれがバベルの塔なん |
ばんごはんにはポーランドの料理とビール。 これはおそらくジュレクと呼ばれるもの。 |
ポーランド風ギョウザ、ピエロギ。 ガチで中国からロシアを経て伝わったと言われるらしい。 |
ということでクラクフ、さすがポーランドの観光の中心といわれるだけあり、なかなか見どころある街でした。小5のときにやったピアコンのオケがクラクフの楽団だったように思うので、個人的に感慨深かったですね。だから来てみた、ぐらいのとこあります。なにが「西欧まとめ」ですかね。ここまでずっと東欧ですよ。
実はこの日の夜、夜行列車でドイツへ抜けてしまう予定でチケットも取ってた(窓口の勘違いか知らんがなぜか予約料タダやった)んですが、この日が日曜日ということを失念していて預け荷物屋が閉まってしまって、一晩足止めをくらってしまいます。幸い宿が7ユーロとかだったので助かりましたが、そもそも余分な出費の上に翌日は丸一日移動でつぶれてしまったのでまことにもったいなかった。
翌夕方、予定より半日遅れて目的地に到着。 |
駅前のこのアート群は… |
イーストサイドギャラリー |
しかしやっと西欧。ほんとは日中ベルリン観光でもしようと思ってましたけども、日中全部移動に費やされてしまったため夕方以降のみ。
郊外の宿にチェックイン。郊外に取ったのは安かったのとドイツ国鉄の駅近だったため(=ユーレイルで移動できたため)。ドイツは基本的にユーレイルがすごい有効です。国鉄の運営する近郊電車網が非常に発達しています。あと基本的に予約料がいらない。ICEまで乗り放題です。
ということで荷物だけ宿に置いて国鉄近郊電車で街中へ。ひとつだけ行っておきたい場所があったもので。
こちらです |
欧羅巴の新大都の中央、ウンテル・デン・リンデンですよ。森鴎外の「舞姫」に登場しましたね。懐かしい。ベトナムにいるときにサイゴン港のくだりで舞姫についてはじゅうぶん書き散らかしたような気がするのでいまさらまただらだらとはやりませんが、とにかくテンションあがりました。別に何のことはない、絶賛大工事中の大通りなんですけど。
ブランデンブルゲル門 |
以上でベルリン終了。時間はなくなったけど幸いベルリンはたいした観光都市じゃなかったので助かりました。
翌日、ベルリンから北に行ったバッド・ドーベランという田舎町に移動、
これに乗りに来ました |
モリー蒸気鉄道。知る人ぞ知る観光列車のようです。(教えてもらいました)
国鉄駅の対面ホームから発車。14ユーロは往復の値段です。 |
この蒸気機関車の何がすごいって、
路面区間がある! |
路面SL |
すぐのどかな景色になるけどね |
森の中で交換 |
終点では付け替えも見られる |
終点からベーリング海まで歩ける |
帰り、終点の一駅手前の街中駅で降りてみた。 |
生活の中にSLがある |
SLは日中のみなんですが、夜には代替バスが走ります。つまり観光鉄道でありながら地域の足にもちゃんとなっているわけですよね。すばらしー。
この写真、ブレてますけど、 |
すごいタイムスリップしてそうじゃないですか?ない?ないか。。。
えーほんで、このあとハンブルグに出たんですが、安宿が埋まり切ったみたいで最安100ユーロとかだったんでハンブルグ泊を断念、夜行列車でフランクフルトに抜けることにして宿代を浮かせます。こういうのができるのがユーレイルの魅力かもしれない。
ほんとはユーレイルの夜行列車(ユーロナイト、シティナイトラインなど)は全て予約と予約料が必要とされているんですが、僕は時刻表(アプリ)を熟読して発見しました。詳しくは省略しますが、ドイツ国鉄の運行する多くの夜行はインターシティという非夜行の種別が与えられた座席車を併結しており、その車両の座席は夜行扱いでないため予約なしで乗れることに!ドイツ国鉄すごい!
タダで翌朝フランクフルトに到着。ガチでやることもないためアムステルダムへ移動。
ICEでね! |
ドイツの高速鉄道ICE、まあ新幹線でした。高速鉄道にはそこまで惹かれないわたし。まあ速いのは助かるけども。
途中、ケルンに寄り道です。ケルンにはケルン大聖堂という有名な教会があるらしいので早速その教会を探すべく、すなわちGPSを拾うべく、まずは建物の外に、
外に…ん??? |
ひえー |
ひょえーー |
今までさんっざん教会を見てきたのでいい加減飽きたんですけど、ケルン大聖堂は凄かった。圧巻。多少の「修復中」はご愛嬌。全体を見てもすごいのに、外装内装ともによくよく見ても隅々まで凝られてて西欧の威力を思い知りました。パイプオルガンも聴けたんですが、これでもかというぐらい響きまくって、オルガンも教会もでけえ、すげえ、というところまでしかわかんなかったですね、、。
ICEと大聖堂と恋人たちがかけていった無数の錠前 |
タリスと大聖堂と(略 |
夕方、アムステルダムに到着 |
うおー |
うおー |
うおー |
アムステルダムの駅前はディズニーシーのエントランスばりに気合い入ってます。これはきれいな駅前。水路とかある街はほんとに綺麗。
駅舎を引きで |
歩いててもこう水路が突然でてきたり、歩いてて楽しい街でしたんでこの夕方から翌昼前ぐらいまで結構歩いたんですが、結局駅から出た瞬間が一番いい景色でしたね。そう作ってある。第一印象大事やからな。
名物フライドポテト。 |
飾り窓街を泳ぐ白鳥? |
飾り窓周辺は歩くだけ歩いてみましたけど信じられないぐらい普通の観光地で、老夫婦の観光客とか結構いててびっくりでした。合法とはこういうことかと。あと宿の二段ベッドで僕の下で寝てたオーストラリア人は葉っぱ吸って帰ってきたでーアムステルダーム!て言うてました。合法とはこういうことかと。オランダといえば僕の周りは女か葉っぱの話になる人々ばかりですが、逆にこれらが合法ゆえかすごい明るい雰囲気のいい観光地やなという印象。
アンネフランク像 |
アンネフランク一家がアムステルダムの人々で、アンネの日記もアムステルダムが舞台だったということをそもそも全く知りませんでした。アンネの家も観光地になっていて見られるようでしたが、読んでもないし結構高かったのでパス。
キンデルダイクの風車群 |
オランダといえば。風車です。世界遺産に登録された風車群の景観なんですが、これがめんどくさかった。最寄り駅まではすんなり行けたんですよ、。ところが最寄からのバスが一時間先までないわ片道6ユーロぐらい取られるわ、天気は悪いわ寒いわで。天気がよければもうちょっと感動もするんでしょうけどね、なんせ強風で傘ぶっ壊れたぐらいなんでね。。。風車がいっぱいあるだけのことはある。。。
でも跳ね橋がちょっと風情あるとは思った |
まさかこんなに時間とお金を食われると思ってなかった上に天気も悪かったので、意味なく行こうと思っていたスケベニンゲンのビーチを断念。無念。別にどうでもええけど。
最後にオランダ名物クロケット。まあコロッケ。 |
そしてその日の晩にベルギーの首都ブリュッセルに到着。翌日、ブリュッセルの観光なんか絶対半日で片付くと読み、午前中だけでざっとブリュッセル旧市街を歩き回りました。ブリュッセルといえばがっかり名所として世界的に有名な小便小僧ですが…
…え? |
これ??? |
期待を裏切らないがっかりをくれました。ちっっっちゃ!
ベルギーワッフルを食わないわけにはいかない |
そして午後からは日帰りで北のヴェネツィアともいわれる水の都ブリュージュへ。
綺麗やけどお天気がね… |
世界遺産の鐘楼 |
世界遺産の街並み |
|
ブリュッセルに帰って名物ムール貝。大量の酒蒸し。 |
リエージュ風ワッフルもついて全部で10ユーロにしてくれた。やっす。 |
翌日は移動日に。実はブリュッセルから先の回り方がギリギリまで決まらなかったんですが、とある理由により行先をパリに決定して、西へ西へ。
、、、行こうと思ったのですがその前にもうひとつここで、ブリュッセルで行っておきたい場所を思い出し、行ってみることに。
EU本部 |
EU首都とか言われてましたね。ブリュッセル。ちょっと郊外でしたが、幸い国鉄で行けました。中には当然入れません。入れそうでしたけど。
昼過ぎ、フランスに入り、リールで1時間以上時間が空いたのでリールを歩いてみることに。
観光都市でもないのに旧市街しっかり綺麗なの ほんとにヨーロッパって素敵ねえと思わされる |
この旅で乗ることはないユーロスターもお目にかかれた |
そしてパリに到着。なぜ南方の国々を無視してとりあえずパリに来たのか。
第2部へつづく。
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